杉原記念館(リトアニア・カウナス)
 (世界遺産外)

リトアニア第二の都・カウナスにある杉原記念館
「日本のシンドラー」とも呼ばれている外交官杉原千畝がいた元日本領事館を記念館として一般公開している
第二次世界大戦中に本国の意に反してユダヤ人を助けるために「命のビザ」と言われる日本国の通過ビザを発給し、
日本人として唯一イスラエルから「諸国民の中の正義の人」として表彰された杉原千畝の勇気と決断を体感できます

リトアニアには行けないという方は、生まれ故郷の岐阜県八百津町にも杉原千畝記念館がありますので、
一度訪れてみてください →杉原千畝記念館のホームページ

当時の外交官執務室を再現した執務室
机に座り杉原千畝領事の目線を体験することも出来る

執務室の机上
万年筆をはじめ命のビザの発給リストなど実際に触れることが出来る

杉原千畝が外務大臣にビザ発給の許しを請うために送った文書
この頃すでに日本領事館の周りには通過ビザ発給を待つユダヤ人が集まり始めていた

外務省から届いた文書
もちろんビザの発給は許されなかったが、この後強制退去させられるまでの1ヶ月間に渡り、
寝る暇を惜しんでユダヤ人約6,000人に「命のビザ」を発給し続けた
※実際の発給ビザは2,139通だが、通過ビザは家族で1枚となるため正確な人数は分かっていない

杉原記念館の外観
現在記念館は地下1階のみとなっているが、正面の窓が当時の執務室
窓の周りに集まるユダヤ人に次々にビザを発給していたと言われている

裏庭から見た杉原記念館
地下1階地上2階造りで裏庭に面しているのが地下1階のフロア
建物右側の小さな木の扉が記念館の入口となる

首都ヴィルニュス ネリス川の河畔に建つ杉原モニュメント
桜の木が植えられ、傍らには広島で被爆した線路の敷石も展示されている


日本のシンドラー 杉原千畝のレリーフ

当時発給された手書きの通過ビザ「命のビザ」の複製

この記念碑は2001年に母校の早稲田大学により建立された
戦後外交官名簿からも削除された杉原千畝は、シンドラーよりも知名度がなく
彼の功績を知る人がほとんどいないのは悲しい事実である


 

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