シーギリヤ (スリランカ)
 「 古代都市シギリヤ 」 文化遺産・1982年登録

ジャングルの中に突如現れる岩山「シーギリヤロック」
古くから仏教徒の修験所であったこの岩山の頂に宮殿を建設したカーシャパ王は、父親である王を殺し腹違いの弟の復讐を恐れ、当時の首都アヌラーダブラからこのシーギリヤに遷都しこの岩山の上に宮殿を建設したのである。
宮殿の完成から11年後、戦いを挑んできた弟モッガラーナとの戦に敗れ、この岩山の上でカーシャパ王は自ら命を絶った。

それから1400年もの月日を経た1875年。
イギリスの植民地となっていたスリランカ(当時はセイロン)を探検していたイギリス人が、この岩山の中腹に色鮮やかな壁画を見つけた。
これが「シーギリヤレディ」と呼ばれる美女のフレスコ画である。

麓の水の広場から見たシーギリヤロック
高さは195m 四方が切り立った崖のため2100段もの階段を上って頂上へ向かう

シーギリヤロックのアップ
中央に左右に伸びるオレンジの帯がミラーウォール
その少し上、垂直に伸びる螺旋階段の先が「シーギリヤレディ」

ここから登り始めます
最初は大理石の階段で滑りやすく、段差も大きいのでかなり登りにくい

すぐに鉄製の階段に変わりますが、ここからは岩山にへばりつくような階段を登って行きます
左上に「シーギリヤレディ」へ登る螺旋階段と横に伸びる通路があります

「シーギリヤレディ」
左が侍女、右が王女といわれているが誰なのか解明されていない
基本的に裸の方が位が高く、位が低くなるにつれ服を着ているという

髪飾り、耳飾り、首飾り、腕輪、腰巻いている布、手に持つ花など詳細に描かれている

右の女性はきっちりと服を着ているので、かなり位の低い女性と思われる


岩山中に500体以上描かれていたといわれているが、 現在見ることができるのは18体のみ
中には風化が進み見えなくなってきているものや、壁面がはがれ落ちて一部欠損しているものも多い

「シーギリヤレディ」は風雨から守るため、シートで覆われた通路の奥にある
螺旋階段から見た風景
1938年に鉄製の階段ができるまでは、竹製のはしごで上り下りしていたらしい
下に見える通路がミラーウォール

鏡の回廊ともいわれる「ミラーウォール」
煉瓦の壁に漆喰を塗り、白身・蜂蜜・石灰を混ぜ合わせたものが上塗りされ、丹念に磨かれている
かつては岩山側の壁面に美女のフレスコ画が描かれており、それを映す役目をしていたと言われている

「ライオンの入口」
現在はライオンの前足しか残っていないが、ライオンの口の中に入っていくようになっていた
垂直に切り立つ壁面を這うように階段を登っていくとまもなく頂上に到達する
「シーギリヤ」の語源は、「シンハ(ライオン)」+「ギリヤ(のど)」が変化したとも言われる

「シーギリヤロック」頂上の風景
何段かの階層に分かれており宮殿の遺構が数多く残っている

王が沐浴していた「王のプール」
雨期になると満々と水をたたえるようになっている

頂上から見た風景
一直線に伸びるのは最初に歩いてきた水の広場
遠くに新しい白亜の仏像が見える


 

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